(子ども成長祝福式)『神の愛の内に』ユダ17~21

『神の愛の内に』 


聖書箇所 ユダ17~21

1:17 愛する人々よ。私たちの主イエス・キリストの使徒たちが、前もって語ったことばを思い起こしてください。

1:18 彼らはあなたがたにこう言いました。「終わりの時には、自分の不敬虔な欲望のままにふるまう、あざける者どもが現われる。」

1:19 この人たちは、御霊を持たず、分裂を起こし、生まれつきのままの人間です。

1:20 しかし、愛する人々よ。あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、

1:21 神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。


説教要旨(子ども成長祝福式)

本日は、成長祝福式を覚え、ユダの手紙をご一緒に見ていきます。主イエスの兄弟ユダは、教会の中に「偽教師」「偽兄弟」が現われたゆえにこの手紙を記しました。彼らは、神を敬わず、救いの恵みを放縦に変え、自分の思いのままに生きていました。「生まれつきのままの人間(v19)」とあります。どういうことでしょうか?今日は、子どもたちも多くおりますので「字のない絵本」を使わせていただきます。


「緑」神様は、この世界を創造されお方です。私たちが作り出したお方ではなく、私たちをお造りになられたお方です。この世界も私たち人間も神様の目の非常によいものでした。「黒」しかし、人は、最初のアダムとエバが、神様が「食べてはならない、食べると必ず死ぬ」と命じられた善悪の知識の木の実を食べ神様に背いて以来、神様から離れ、罪の中に生まれ、罪に支配されています。お父さんやお母さんからうそのつきかたを習ったことがありますか?ないですよね。でも、上手にうそをつきます。悪口の言い方を習ったことがありますか?ないですよね。でも、人を傷つける言葉が出ます。私たちは、自分で自分を罪から救うことはできません。人も私を罪から救うことはできません。すべての人に罪があるからです。「赤」しかし、神様は、そんな私たちを憐れみ、二千年前、大切な神様のお独り子イエス様をこの地にお与え下さいました。イエス様は、私たちの罪を背負われ、私たちの身代わりに十字架に架かり死んで下さいました。そして、復活された救い主です。「白」このイエス様を心にお迎えする時、神様の前に全ての罪が赦されます。また、神様との交わり、新しいいのちが与えられます。「黄色」そして、天国への希望が与えられるのです。


ユダは、偽預言者や偽教師がいる中で、人々に勧めました。「あなたがたは、自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、聖霊によって祈り、神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。(v20、v21)」第一は、信仰の上に自分を築き上げることです。(v20)私たちは自分を築くものです。そこで大切なことは、何を土台として自分を築くかということです。神と神の言葉への信頼と従順の上に自分を築くのです。(v17参照) 第二は、祈ることです。私たちを愛しておられる天の父なる神に祈ることです。喜び、感謝、罪、悲しみ、痛み、迷い、全てを神様にお話しするのです。神様は私たちの祈りを待っておられ、聞いて下さいます。そして、神様は、私たちが欲しいものではなく、私たちにとって善いものを与えて下さいます。第三は、神様の愛の内に自分を保つことです。(v21)神様は、お勉強ができるからから、足が速いから私たちを愛されているのではありません。神様は、まず私たちの存在を喜んで下さっておられます。また、神様は、罪に汚れた私たちを、神様の独り子を十字架にかけて下さったほどに愛して下さっておられます。その愛の内に自分を保つのです。どんなに苦しい時にも、いいえ、その時にこそ、神様の愛に信頼して歩んでいくのです。第四は、永遠のいのちにいたらせるイエス様のあわれみを待ち望むことです。(v21)イエス様は、私たちとともにいて下さいます。私たちは、心が汚い者ですが、イエス様は、その私たちの心を綺麗にし続けて下さいます。そのイエス様のあわれみに拠り頼んでいくのです。そして、イエス様は、私たちを天国へ導き入れて下さいます。死んだら全てがなくなるのではありません。この地上での歩みを終えた後に、天国、神様のみもとに迎え入れられるのです。


ユダは「自分自身(v20)(v21)」という言葉を二度使っています。自分を中心とし自分を築くのではなく、イエス様を心に迎え、罪赦され新しいいのちをいただき、聖書を土台とし、神様の愛の内に自分を保っていきましょう。「信仰の上に自分を!」神の祝福の中で成長していきましょう。