聖書メッセージ『使命の愛』(創世記1:28)

聖書箇所 創世記1:28

1:28 神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。」

 

説教要旨

神は、神のかたちに造られた人間に「使命」を与えられました。(v28)「祝福された(v28)」と、神は人間に使命に生きていく力をお与えになられたのです。では、神が人間に与えられた使命とは何でしょうか。第一に「生めよ。増えよ。地に満ちよ。(v28)」です。人類が増し加わることです。但し、単に増えるのではなく、「地に満ちよ(v28)」と喜びのうちにともに生きることです。家庭の交わりが祝福され、それを土台とし人々が喜びのうちにともに生きることです。第二に「地を従えよ。(v28)」です。神に造られた被造物を正しく治めることです。正しく治めるとは、各被造物の特性を知り(2:19)、各被造物が神の造られた御心通りに豊かに活かされていくようにしていくことです。地を従えることが「仕事」となっていきます。神はアダムをエデンの園に置き、「耕させ、また守らせ(2:15)」ました。「耕させ」「守らせた」と受身形であるように、仕事は神から与えられた恵みでした。働く喜びを与えてくださったのです。「耕させ」とは発展、開発していくことです。また「守らせ」とそれを保っていくことです。聖書は、地を従える仕事が次第に多岐に渡っていったことを告げています。アベルは「羊を飼う者(4:2)」となりました。カインの家系からは、家畜を飼う者、芸術をなす者、道具を造る者が出ました。(4:20~22)

 

「地に満ちよ。地を従えよ。(v28)」とのこの使命は、今の私たちにも変わらずに神から与えられています。(3:23、4:2、9:2)家庭が愛の交わりの場となるようにとの務め、そして家庭の愛の交わりを土台として地域や職場が喜びの交わりとなっていくことの使命が与えられています。家庭で子どもを愛の内に育てること、家族の看病・介護、様々な家事、感謝を表すこと、弱さを赦し合うこと、話をし良く話を聴くことです。地域や職場で挨拶をしたり、声をかけたり等愛の関係を築いていくのです。今、ウクライナで悲しみの戦争が起きていますが、私たちは平和が取り戻されるよう切に祈っていきます。また「地を従えよ(v28)」と地を治めていく使命が与えられています。人と直接関わりをなす仕事があります。一日中パソコンや書類と向き合っている仕事もあります。いずれもただ糧を得るためではなく、自己実現のためでもなく、社会が神の御心に従ってより善きものとなっていくことができるよう働いているのです。

 

「神は彼らを祝福された。(v28)」神は人間に使命に生きていく力を与えてくださいました。それは人間の堕落後も全く変わりませんでした。(9:1)私たちは人との交わりにおける苦しみと地を耕す苦しみがあります。しかし、神はその私たちに使命に生きる力を与えてくださっておられます。神の祝福は注がれています。但し、神の祝福は自動的に私たちのものとされていくのではありません。私たちが神に向きを変え神に手を差し出す時に、神は人を愛していく力と働きをなしていく力を与えてくださるのです。家族とともに歩む難しさを覚える中で、今日なす仕事が山積みになっている恐れの中で、主の前に出て主との交わりをもって歩み出していく時に、主から祝福を受け、家族や隣人に対する心と態度が少し変えられ、働きにおいて自分が想像できなかった実を結んでいくことができます。大きな変化ではないかもしれません。少しかもしれません。でも、その少しは尊い少しです。神にある労苦は虚しく終わりません。

 

神は私たちを祝福し私たちとともにおられます。神は私たちの人知れず戦っている家庭における具体的な忍耐、具体的な犠牲、具体的な手の業を御存知です。仕事における肉体的厳しさ、人間関係の気苦労を御存知です。私たちのすべてを御存知で「神は彼らを祝福された(v28)」と力を与えてくださいます。神が注いでくださっている祝福を受け、罪の弱さを覚えている部分に力を受け、悲しみを覚えている部分に癒しと慰めを受け、家庭と仕事における務めをこの週新たになして参りましょう。